嫉妬という名の菓子

「甘いものはお嫌いでしたか」
晩餐の後、オスカルが前に並べられた菓子には手をつけないのを見て、ジェローデルが言った。
「ああ、料理を十分いただいたから・・それにこのところあまり食欲も無いんだ」
「最近多忙でしたからね、明日はようやくの休暇ですからゆっくり休んでください。私もなるべく邪魔はしないようにします」
「その言葉は、あまりあてに出来ないな」
オスカルは小さく笑う。休暇の前に屋敷にも戻らず、こうして彼のところで食卓を囲んでいる。ということは、少なくとも今晩ゆっくり眠れるという保証はなかった。ここ暫く多忙だったのはお互い様なのだから。
オスカルの笑みと言葉に含まれたものは、当然彼も気づいていたが、そしらぬように話題を変える。
「でも、残念ですね。うちのパテシィエは大層腕が良いのですよ。それも・・」
ヴィクトールは彼女の前にだけおいてある、白い菓子を指ししめした
「その男が腕によりをかけて、最高のものを作ったはずです。少しでも口をつけてみては?」

不思議な感じのする菓子だった。深い藍色の皿の上に置かれたそれは、白い半月形をしていて、薄青いゼリーが包んでいる。そのゼリーの下のクリームのなかに、うっすらと花が沈んでいるのが分った。花の色はとりどりで、鮮やかに浮き上がっているのもあれば、かすかに色の影だけが認められるものもある。そしてその周りには、様々な色の細かく刻んだゼリーが散らしてある。
「ああ、確かに美しい菓子だ・・何だか」
「何です?」
「花影の夜の池を照らす月のようで」
「貴方に詩人の才があるとは存じませんでした」
「私が詩人というよりは、菓子が素晴らしいんだ。周りに散らしてあるのは天の川かな」
「・・・・・作った菓子職人が聞いたら、さぞ喜ぶでしょう」
答えるヴィクトールの声に、いつもと違った響きがあったが、オスカルは気づかなかった。
「それほど賞賛されるなら、どうぞ召し上がってください。殊にクリームは絶品です」
「いや、崩すのが惜しい気がするよ。それに・・本当に今はちょっと」
ヴィクトールは、蝋燭の明かりの下で彼女の顔色が少し青ざめているのを見た。
「気分が優れないようですね。無理なさらず、少し部屋で休んでいてください」
「すまない・・じゃあ、お言葉に甘えて」
「私も邪魔はしませんよ」
「どうだか」

既に用意されていた客間の寝台は、夜の空気で冷たかった。すこし目眩のしていたオスカルには、そのひんやりとした絹の感触がありがたい。最近外国の賓客が相次ぎ、目が回るほど忙しかった。
「だからといって、本当に目眩を起こして倒れこんでいては世話は無いな・・しかも彼の屋敷で」
一人ごちていると、ノックの音が聞こえる。
「どうぞ」
「お加減は如何です」
入ってきたのはヴィクトールだった。オスカルは思わず苦笑する。
「邪魔しないのではなかったのか」
「ご機嫌伺いに来ただけです」
「何を用意させているんだ?」
侍女がベッドサイドのテーブルの上に皿を並べているが、オスカルからは彼の影になって見えない。
「そんなことより、ご気分はどうですか。顔色は良くなられたようですが」
「ああ、随分良いよ。少し疲れが出たかな」
「貴方は・・無茶をしすぎる」
ヴィクトールは寝台の隅に腰を下ろし、彼女の額にかかった髪をかきあげた。
「そういう時に効くものを持ってきましたよ」
「何?」
既に侍女は下がっていたが、故意なのか偶然なのか、またしてもヴィクトールはオスカルからテーブルが見えないように座っていた。
「オスカル・・目を閉じて」
「どうして・・」
指先で自分の頬をたどっている恋人を見上げながら、オスカルは不安を感じた。彼の顔が逆光になり、表情が伺えないせいだろうか。
「お薬です、よく効きますよ。でも見てしまうと効果が半減するのでね」
微笑んで言う彼に、オスカルも微笑を浮かべて目を閉じだ。
「・・・そう、そのまま。私が良いというまで眼を開けてはいけません」
横を向いて目を閉じているオスカルの頬に、ひんやりとした物があてられた。表面は滑らかで、すこし濡れている。
「これは?」
「何だか分りますか」
彼はそれを肌に滑らせて、ゆっくり彼女の口元まで持っていった。赤い唇に押し当てると彼女はそれを噛んだ。
「・・葡萄?」
果汁の甘さがひんやりと口のなかに広がり、目眩で澱んでいた意識を水底から持ち上げる。
「ではこれは?」
今度は乾いたものだった。表面は柔らかく、細かい産毛のようなものが肌を軽く刺した。歯を立てると、とろりとした液体が口に入りきらずに喉元までつたい落ちる。彼は汗と交じり合ったその甘い水滴を、舌と唇で掬い取った。オスカルの肌が泡立ったが、それでも彼女は目を開けなかった。
「桃だろう。もう随分熟している」
「喉を潤すには少し甘すぎましたか・・では」
「・・ん・・・」
オスカルの頬でなく、首筋に塊があてられる。その冷たさに彼女の身体に力が入った。体温で溶け出したものが、喉のくぼみを伝って鎖骨に小さな水溜りを作った。
「冷たい・・ヴィクトール」
彼は何も言わずに、その塊を首筋から、シャツが緩められた胸元へ滑らせている。
「まだ答えていませんね」
「だから・・氷」
「そう・・さあ、どうぞ。喉が渇いたでしょう」
彼女の体温で溶けて、指先ほどに小さくなった氷の塊を、彼は彼女の口元へ運んだ。その冷たさは心地よく、甘い果汁の粘りが口の中で中和された。彼女は小さな息をつく。
「本当に・・疲れが取れるような気がする」
「疲れが溜まっている時には、甘いものが良いんです。これならお口に入るでしょう」
目を閉じたまま、彼の静かな声を聞いていると、一度浮かんだ意識が、今度は眠りの中へ入っていきそうだった。
「オスカル、まだですよ。まだ続きがあります」
彼はそう言って、また何か頬に押し当てた。濡れてはいないがひんやりとして、この香りは・・オスカルが答えようと開いた口に、何滴かの液体が注ぎ込まれた。
「ごほっ・・ヴィクトール!」
「分りましたか」
「分った・・って、冗談がすぎる」
オスカルはなかば怒って目を開いた。彼の手には黄色い果実があり、握りつぶされている。半分に切った檸檬だった。
「オスカル。反則です、目を開けてしまって」
声音はあくまで穏やかだが、含まれた愉悦にオスカルはむっとした。
「いきなりそんなものを飲まされたら、目を閉じてなんかいられないだろう」
「私がいいというまで開けてはいけないと、言ったはずですね」
声と同時にオスカルの視界がふさがれた。
「・・・な」
「しぃっ、じっとして・・オスカル」
低いが、断固とした口調で言われて、オスカルはそれ以上抗議の声を上げられなかった。
視界は布で覆われ、彼の影すら見えない。ヴィクトールの態度には、何か有無を言わせぬものがあって、オスカルは少しだけ怯えている自分に気づいた。
「どうして、こんなことをするんだ。今日のお前は何だか・・変だ」
「そう・・そうかもしれません」
彼は優しく彼女の髪を撫でている。その臥せられた鳶色の瞳には愛情と・・そして、別の影が揺らめいていたが、彼女にはもとより見えない。
「オスカル・・次のもので最後です。これを・・」
「何?」
オスカルは、何かがまた頬に触れるのかと思っていたが、彼の手は彼女の絹のシャツの釦を緩めている。シュッという軽い音がして、前が全部はだけられると、白い身体が闇に浮かび上がった。彼女はその肌に触れる冷気と、ヴィクトールの態度から感じる不安に身を震わせる。思わずシャツの前をかき合わせようとしたが、彼の手がそれを止めた。

「ヴィクトール・・」
「これが何だか分りますか」
彼の指が柔らかい胸の上に置かれて、湿ったものが肌にはりつく。その感触はねっとりとして、纏わり付くようだ。
「な・・に?わからない」
「クリームですよ」
「クリーム?まさか・・」
「そう、先程の菓子です」
彼は答えながらも、もう片方の胸に白い塊を塗りつける。彼は、菓子の中の花も掬い取って、オスカルの身体の上に散らした。
「貴方が口にすることがなかったから・・こうして」
彼はオスカルの胸に顔を寄せ、彩られたものを舌で舐め取っていった。
「・・な・・やめ」
抗おうとしても、彼の手はしっかり彼女の腕を押えている。目隠しを取ることは元より、抵抗すら出来なかった。
「私が全部食べましょう。この身体の上で」
「ヴィク・・ん・・」
暗闇の中にいるせいか、彼に捕われている腕の痛みのせいか、感覚はいつもより鋭敏で、生温くなっていくクリームの感触と彼の舌の軌跡に、ただ反応することしかできなかった。
「貴方の口には入れません・・貴方に恋している男の作った菓子など」
「なにを、言って・・いる・・くっ・・」
「これはあの男の作った菓子の中でも最高の出来です。確かに並みの技量では作れない」
肌に押し当てられてくぐもった彼の声は途切れがちで、意識が霞みそうなオスカルには殆んど届かなかった。彼の歯が甘い残滓をつけたまま、紅い突起を吸い上げると、彼女の身体が跳ねかえる。
「あっ・・ふう」
「貴方はその姿を垣間見るだけで、突き動かされる男がいることなど、気づくことは無いのでしょう」
彼の手はもはや腕を捕らえてはいず、身体中をまさぐりながら、彼女を剥いでいった。
肌の上のクリームは、揺らめく明かりの下で鈍く光を反射している。オスカルが身を捩るたびに、クリームが意思を持った蛇のように蠢いた。彼はそれを舌で追いながら掬い取っていく。ねっとりした感触は不快であると同時に、今まで知ることの無かった奇妙な悦楽だった。その感覚に溺れるのが恐くて、彼女は激しく首を振る。

「貴方は何も気づかず、数多くの視線を素通りさせていた。傍で見ている私には、周りの男達が貴方を目で追いながらどんなことを考えているか、容易に想像がつく・・」
常とは違うヴィクトールの態度に、オスカルは恐怖を感じていた。身体中を這い回る手も、吸い付く唇も、羽根の触れるようなこれまでとは違い、痛みすら伴っている。
強い力で乳房が掴み上げられ、その充血した先端に噛みつくような勢いで、男の唇が含まれる。彼女は刺激の強さに思わず声を上げた。だが声に含まれた抗議も、まるで気づかぬように彼の激しさは増していく。
「や・・めろ、もう・・こんなのは・・嫌だ」
「あの男・・長身で黒髪。どこにでもいるような男が、貴方の赤い唇に触れることを願って作った菓子。貴方のなかに入り込んで、その血肉になることを考えながら練ったクリームも・・こうして、身体を飾ることになろうとは、思いもよらなかったでしょうね」
彼はもうすっかりクリームを嘗め尽くしてしまい、口の端についた残りを乱暴に拭い取ると、彼女の唇を強く吸った。舌が強引にからめ取られ、彼の口内に残った甘い味がオスカルに移る。

オスカルは一瞬陶然となった。口の中を彼の舌が動き回る毎に、経験したことの無い甘美さが広まっていく。それはただ菓子の甘さではなかった。もっと違うなにかがその味にこめられている。
それは何か――恋する男が作った媚薬か、彼女に口移しで味合わせている男の嫉妬か。

「この菓子は作った男が食卓に運んできました。貴方は気づかなかったが、私は彼の表情をよく見ていた・・私と同じ、恋する者の眼をして」
言いながらも、性急で激しい彼の愛撫は止まらない。彼女の背中を、細くくびれた腰を、しなやかに伸びた足を・・次々に余すことなく、唇と手で蹂躙していった。
「ヴィクトール・・もう、止めろ。今日のお前は・・どうかして・・・」
オスカルは溺れようとする意識を必死に保ち掠れた声をあげるが、かえって彼に火を注ぐだけだった。
「今日だけじゃない・・私がどれだけ不安なのか、貴方には決して判らない」
「・・あっ・・」
彼の指が深く穿たれ、オスカルの身体が弓なりに反り返る。指先で花弁を弄ばれ、粘ついた肌の上を舌が嬲っていく。彼女は必死に首を振ったが、もう離れてゆく意識を引き戻すことは出来なかった。
「貴方をどこか暗い部屋に閉じ込めて・・誰にも・・」
「あ・・つ・・・ヴィクトール」
「誰にも渡したくない」
突き刺すように彼が入ってくると、オスカルの口から、人の声とは思えないほど高い声が洩れた。思わずシーツを掴んで逃げようとする身体を、彼はしっかりとその肩を押えて逃さない。
激しくなる律動に、彼女はただもう翻弄されていた。手は彼を押し戻そうとするが全く力が入らず、拒絶するというよりは、溺れるものが縋りつくようだった。彼は意のままに彼女の身体を動かし、その度にオスカルの顔に苦悶とも歓喜ともいえない表情が浮かんだ。上がる声は悲鳴に近いが、彼は動きをやめない。
「あっ・・う・もう」
「オスカル・・貴方だけが・・私の」
彼の声も悲鳴のようだった。二人を揺する波も声も感覚も全て昇り詰めて―――弾け飛んで落ちていった。二人一緒に・・暗闇の中へ。

オスカルは目覚めた時、自分が何故暗闇の中にいるのか分らなかった。気づくと、髪が優しく撫でられていて、恋人の彼女を呼ぶ声がした。
「・・オスカル」
彼の声は震えている。その表情を伺うことが出来なくて、彼女は恋人の頬に手を伸ばした。ヴィクトールは彼女をじっと見つめていた。いつも彼に向けられている蒼い瞳は隠されたままだったが。彼女は彼の柔らかな髪に指を絡ませ、見えない眼で彼のほうを見て静かに言った。
「これを取って・・」
彼は黙ったまま、その戒めを解いた。露わになったいつもの瞳が、彼を覗き込んでいる。
「貴方に酷いことを」
「何故そんなに不安にかられるんだ?私はお前しか見ていないのに」
「私が愚か者だからですよ・・折れるほど抱きしめても、どうしても不安が消せない」
彼の頬に、拭いきれなかったクリームの跡がついていた。オスカルは頭をあげると、その残った甘味を舌を突き出して、舐め取った。
「甘い・・な」
「ヴィクトール、もし、このクリームが食べたものを恋に落とす媚薬でも、その相手はお前だけだ。私は今はお前の腕のなかにいて、お前しか愛してない」
「オスカル・・」
彼はようやく顔を上げて、彼女の眼と向き合った。そして顔を近づけ、啄ばむようにキスをする。唇は甘かった、恋のように。

「おや、デザートを召し上がられる?」
「最近は、苦手でもなくなった。誰かのお陰かな」
「この店は、料理はもとより、デザートの評判が高いですから。いや、食後を楽しみに来る客のほうが多いと聞きますよ」
彼らがいるのは、いま巴里で評判の店だった。巴里での仕事が存外に早く終わった時、珍しくオスカルが外で食事をしたいと言いだして、ここが候補に上がった。この店は最近殊に有名で、常に満席とのことだったが、込み合う店に入ると、意外なほど素早く中に通された。しかも上席に。
「入れて良かったよ。本当に評判どおりの、いや予想以上だったな。これならデザートも楽しみだ」
「そう、甘いものは効きますよ。疲れが溜まった時」
「そして、恋人との蜜月を過ごすためにも」
オスカルが言いながら、可笑しそうに笑う。あの日以来、二人の距離は以前より濃密になり、満たされた日々が続いていた。彼はようやく、常に苛なまれた不安から逃れることができていた。

「ほお。これは」
「なかなか素晴らしいですね」
透き通るような白く繊細な皿に載せて運ばれてきたそれは、低いガラスの鉢に入っていた。
一見、ただのクリームの上にフルーツが飾ってあるようにしか見えなかったが
「これは、上のフルーツは多分一度シャーベットにして作り変えているようですよ。この苺もチェリーも」
菓子に飾られているのは全て紅い果実ばかりだった。白いクリームの上に、紅い実と紅いクランベリーソース。下の皿には薔薇や蘭など、赤い花だけが散らしてある。

「白い皿、白いクリームに・・赤だけか。まるで」
「何に見えます?」
「まるで・・いや、止めておこう」
彼は眉を上げた。オスカルは目元をほんの少し朱に染めて、菓子を眺めている。
「後で言うよ。二人きりの時に」
彼女は小声で彼に耳打ちする。なにかこの場では言いにくいことなのだろうか?彼はしかし、それ以上追及しようとは思わなかった。後でゆっくり聞く時間はある、多分たっぷりと。彼が考えていたその時。
「お久しぶりでございます。ジェローデル様」
言われて顔を上げた彼は驚愕した。
「ジャルジェ様、ジェローデル様。お食事は楽しんでいただけましたか」
ヴィクトールは二の句が告げずにいる。
「失礼だが、君は?」
オスカルは彼の態度をいぶかしみながら、テーブルの前に立つ白衣の男に問い掛けた。
「わたくしは前にある菓子を作りました職人でございます。ジェローデル様には以前大変お世話になりましたので、ご挨拶を」
「・・このレストランにいたとは知らなかったよ」
ヴィクトールは憮然として答えた。
「あれから、知人が経営するこの店に誘われまして。おかげ様で店も菓子の評判も上がりました。いつかここでお会いできるのではないかと、楽しみにしておりましたよ。今日はお目にかかれて嬉しゅうございます」
「オスカル、紹介しましょう。彼がうちにいたパテシィエです。あれから務めを辞めて・・それからどうしているかと思っていたが」
オスカルは男を見上げた。この職人がジェローデル家を辞めたことは知らなかったが、ヴィクトールの態度を見ていると、どうやら、彼が辞めさせたものらしい事は察せられた。でもこの男は。
「君には、どこかで会ったことはないか?」
「以前、ジェローデル様のお屋敷で晩餐を召し上がった時に、一度給仕いたしましたが、わたくしにはお気づきでなかったのでは」
「いや、そうじゃなくて、前から・・あ」

オスカルは恋人に視線を移した。彼は怒ったような表情で、あらぬ方向に顔を向けている。そうか、そういうことか。
「分ったよ。君は・・私がよく知っている男に似ているんだ。ずっと以前から知ってる男に。彼も黒髪で、背が高い」
暫く沈黙がおりた。ヴィクトールはなにか言いたいのだが、言葉にできないでいた。その空気を察しながらも男は平静に言葉を続ける。
「どうぞ、よろしかったらお召し上がりください。私が腕によりをかけて最高の菓子を作りました。以前のは・・お気に召さなかったようですが」
「そうだな、料理が素晴らしかったので、だいぶ腹がくちているのだが」
オスカルは傍らに立つ男と、目の前に座っている恋人とを交互に見た。
「しかしこの菓子は美しい、味もさぞかし・・・」
職人の白衣の上で重ねられた手に、小さく汗の玉が滲んでいた。ヴィクトールは窓のほうに顔を向けたまま、黙ってデザートの置かれた皿の淵をせわしなく指でなぞっていた。
「さて・・・どうしよう」

菓子の上に、蝋燭の明かりの揺らめきが落ちていた。オスカルはその陰影を眺めながら、男達の無言の訴えを感じ取っている。

・・・さて、本当に、どうしようかな。

END

赤い彗星さんより