明日の女神

あなたはあの絵が今、何処にあるのかご存知ですか?知らない、そうですか。私は一度だけ見たのです。ただ一度だけ。

金髪の軍神の絵だと思いました。ただ・・なんと言ったら良いのでしょう。私は何かが気になりました。近づいていって、絵の前に立ち、もっとよく眺めてみたのです。

技巧は並ではないとすぐ判りました。髪をそよがせる風すら見えるようでした。でも、惹かれたのはそれではない。では何か?

白馬の、金髪の、抜けるような膚の色、そして青い瞳が。この人は今から戦場に赴くのだ。そこには流血と死と敗北と勝利があり、その栄誉の頂点にこの女神がいる。しかし勝利の歓喜に沸いてはいない。敗れた者の屍も瞳に映している。

女神・・?軍神ではないのか?そう思えてしまった己が不思議でした。出で立ちは確かに戦いの神のものだというのに。

一歩後ろに下がり、もう一度絵の全体を見つめます。馬は嘶いて高く上がり、馬上の人は兵士を鼓舞している。今こそ、戦いの時だ!私に続け・・続け。撃て、倒れた者の血で足を取られても進め。振り返るな、前を見るのだ。我らの明日をその手で勝ち取れ。兵士よ、走れ。進軍せよ。己の信じるところと勝利に向かって--!

私は一瞬の白昼夢から覚めました。目覚めたまま絵を見ただけで、此処ではない場所にいたのです。あれはなんだったのでしょう。
私は画廊の主人に絵の来歴について尋ねようとしましたが、生憎その時は席を外していましたね。そのまま私は立ち去り、後で絵のことを思い出したときは、もう絵も店もなかった。

ずっと探していたわけではありません。しかし時たま思い出した。あの絵は一体何だったのだろうかと。画廊の主人だったあなたなら知っているかと思いましたが。そうですか・・もう見つからないのですか。
あの絵、誰を描いたものだったのでしょう。何百年経って、画家も描かれた人も、もういないはずです。でも何処かにあるなら・・残っていくのなら。

きっと未来でも私と同じ様に、あの絵の、あの青い瞳の女神の、声を聴く人がいます。私達が死んだ後でも、きっと・・未来に。

 

END