白鳥

久しぶりですね。何年・・いやもう十年以上経ってしまいましたよ。白状すると、ずっと会いたかったんです。でも夢にさえ出てきてくれなかった。貴方は遠くへ行って俺のことなんか忘れたんだと思ってました。生きている者には想像もできないような世界で、アンドレとふたりで。辛くて、考えないようにしていた時期もあったんですが、駄目でした。忘れたことはなかったし、忘れられなかった。

当たり前だけど、変わっていませんね。あの時紅く染まってしまった軍服も、綺麗に青いままだ。笑顔も・・変わらない。眩しくて見ているのが苦しいけど、眼を閉じたくないです。眼を閉じたら、夢から覚めたら消えてしまうんでしょう。きっと。

今日、ベルサイユに行ってみたんです。どうしてかな・・気まぐれですよ。略奪の跡もそのままに、打ち捨てられ荒れ果てていた。ずっと奥まで歩いていくと、小さな湖がありました。舟の残骸が残っていたから、多分昔は舟遊びにでも使われたんでしょう。今は、足元が埋まるほど草が茂って、水も淀んでいました。そこに、白鳥がいたんです。

冬枯れの灰色の中で、そこだけが白かった。真っ白い鳥が、水面に波紋を広げながら浮かんでいた。俺は、貴方を思い出していた。静かで、凛として、美しくて。ずっと胸の奥に押し込めていた貴方の面影があふれ出してしまった。泣いていたかも知れないけど・・覚えていない。

そして決めたんです・・・ナポレオンを殺そうと。

貴方が思い描いていた革命はどのようなものだったんですか。それはひとりの軍人によって体現させられるものでしたか。貴方の死から、何年も・・何年もずっと。俺は考えてきました。ナポレオンが目指しているものは、果たして正しいのかと。自分こそが革命であると、彼は言った。それは一面間違ってはいない。ナポレオンがいなければ、外国の干渉の前に革命は崩れ去っていたでしょう。崩壊の前に英雄が必要でした。
だが今は・・彼は・・。俺にはわからなかった、ベルナールに話を持ちかけられても決断できなかった。それが、貴方が身を挺した革命を裏切ることにならないかと。

白鳥は羽を広げると、飛び去ってしまった。西に向かう鳥から、一片の羽が落ちてきて、陽を反射しながら水面に落ちていった。鳥の飛んでいく先の空では雲が途切れ陽がさしていた。あれは、あの羽は天上から落ちた天使のものだったのか。

・・・貴方も人が悪いな。俺が貴方を、革命を裏切ろうと決めたときに現れるなんて。俺は何度も、それこそ身を削るようにして祈ったんですよ。貴方に会いたいと。アンドレと二人でもいいから、そりゃ、貴方ひとりの方がいいですけどね。会いた
かった。会って、答えて欲しかった。夢でも幻でも、貴方に会えれば全ての答えが出ると思っていました。正しい道がはっきりと見えるだろうと。

でも、そんなはずはない。貴方だって迷っていたんだ。迷いながら、苦しみながら道を選んでいた。辿った道が正しかったかどうかは、多分誰にもわからない。

俺はずっと、貴方の作った道を歩いてきたんです。でも今日、その道は分かれてしまった。だから----さよならです。俺は、以前貴方達に言いそびれた。貴方達も別れは言ってくれなかった。だから、会えてよかった。そのひとことを伝えたかったから。

遠くから鳥の声が聞こえる。夜が明けるんですね。さよなら、アンドレにも伝えてください。俺はもう夢から覚めます、そしてもう二度と--夢は見ない。

 

さようならーー。

 

 

END