女達の牢獄

あたしが今いるのはとても暗いところだ。そしてあらゆる物の腐った臭いがする。処刑者が投げ込まれる墓地に近く、横の魚市場では魚のはらわたが、石畳に投げ捨てられていた。折り重なった骸と魚の臓物の腐敗していく臭いが満ち、床は汚物塗れ。立ち尽くすのに疲れ、しゃがみ込むと服が濡れてくる。ここに入った時には、さすがに吐き気がした。こんな処にくるはずじゃなかった、どうしてあたしが・・。

しかし、以前暮らしていた裏町だとて大差はない。鉄格子が無くても、貧しく生きる為だけに必死で、どこへも行けなかったのは同じ。そう考えれば、元に戻ったともいえる。
戻った?お笑い草だ、あれほど足掻いて、人をだまし、踏みつけにして生きてきたのに、結局元の場所に落ちた。あたしがやったことは全部無駄だったとでも?いや、違う。髪粉を振った馬鹿な奴らに、一泡吹かせただけでも上出来。あの太った司祭、実際に踏みつけてやったら、身を捩って喜んだ。あの顔をそのまま蹴りつけてやればよかった。

 

でもあんな男より、腹が立つのは女の方だ。ひとりは王妃と呼ばれる女。薔薇色の頬で軽やかに歩く姿。宮殿で出会った時、認めるのも悔しいが、あたしはあの女に見止めてもらおうと必死だった。あたしに流れているはずの青い血に、きっと反応するはずだと。心の底でそう思っていた自分を殴り飛ばしたい。そんな可能性など無いことは、考えればわかったはずだ。
当然、王妃はあたしなど路傍の石ほどにも見えてなかった。あの女が石に興味を持つことなど無い。ならばあたしが石を握ってあの女にぶつければいいんだ、そう思ったとしても無理はないだろう。王妃が事件を知って、悔しさに身を震わせたと思うと痛快だ。あの女は蔑まれ、石を投げられたことなど無いのだから。

ただ、もうひとりのあの女・・・あの女だけは。

 

女だてらに伯爵?少将?どうしてそんなことができる。血の濃さならあたしの方が青い、王家に通じる血統だ、それなのに。
男として、武家貴族の世継ぎとして育てられたという。だから裾を引くドレスは着ずに、軍服の裾を翻しながら馬で駆ける。男と伍して剣で戦う、居並ぶ将校や兵士に号令をかける。銃を捧げられ敬礼される。どうしてそんなことができるんだ。同じ女だ、青い血を持っているのも同じだ。ただ武家に男が生まれなかったというそれだけで、あの女はあたしよりはるかに広い可能性を持っている。
貧しさも、結婚によってしか限られた自由を得られないのも、どれほど美しく才気があり、影で国王を操るような女でさえ、男の力の傘から自由になれないことも、あの女は知らない。自分で何処へでも走っていける。

あたしを裁く法廷に、あの女がいた。あたしが、内心は震えながら、王妃のソドミーを言い立て、罪はあたしだけにあるのではないと煽っている間も、あの女の名前を出したときも、眉一つ動かさなかった。硬く溶けない氷のように、輝くダイヤモンドのように傷つかない。
あの女・・あの女こそ、あたしが踏みにじりたかった女だ。あたしがどれほど血反吐を吐いて、男の影で男を操り、死線を乗り越え這い上がろうとしたか。あの女は何も知らないのだ。

あの女の顔を歪ませたい。驚愕し震え、唇をわななかせるのを見たい。あたしの持っていなかったもの、自由を、選択肢を、力を、持っている者を傷つけたい。どうして、あたしが持っていなくてあの女が全て持っているんだ。

裁判が終わり地下の鼠の這う牢にいるあたしが、あの女に会うことはないだろう。たとえ会ったとしても、また視線すら揺らがせないだろう。でも何かあるはずだ、あの女に一撃を食らわせられる何か。全てを持っている女に・・・いや?

そうだ、持っていないものがある。自由であるからこそ、手に入れられないものがあったんだ!ああそれが---それこそが!!

 

 

あたしは自由じゃない。貧しく生き延びることしかできず、裏町から抜け出しても女であるだけで力は限られた。そして今は牢獄だ。でももし生きて出られたら、たとえ死んだとしても必ずいつか、あたしはあの女の元へ行く。

その時こそあたしは快哉を叫ぶ。お前が自由と可能性の裏で失ったものが何だったのか。選べたはずの女としての人生を選ばなかった、その代償が何なのか。お前は全てを手にしていながら、全てを無くしていた。そういって嘲笑する、あたしは天に唾して、快哉を!!

 

ああ、ぞくぞくする。その時が待ちきれない。あたしや・・他の女たちの蟲毒をお前のために用意してあげよう。自ら選べなかった者、父の夫の権力の下で虐げられた者、必死で声を上げても耳に入れてもらえなかった者、政治を選ぶ権利さえない者、無いパンを探し回って子供に与えねばならない者、そんな者達、女達、コルセットと長いドレスを脱ぐことの出来ない・・・・・女の群れ。地獄の使者も慄くほど、強く禍々しい呪いが出来る。

いつかあたしが、それをお前に持っていってやるよ。お前に怒り憎悪し、そして、できることならお前に成り代わりたいと願った、女達の呪詛を返してやる。望んだとおり、お前の影の姿になって。あたしの、あたし達の最大のプレゼント。女伯爵、いつかきっとお前に浴びせてやる。

女の呪詛・・それがあたしの武器。お前の孤独など知るものか。あたしはただ純粋な怒りとなって、お前を刺す。楽しみにしているがいい・・きっと、いつかは。

 

 

END