夜の呟き 戻らない旅

私達は海の上だ。船に乗って母国を離れるなど考えたことすらなかった。私の命も愛も、あの美しい燃えさかる国と共にあるというのに。しかし今、私は遠く何万の距離を離れ遠国へと向かう。見も知らぬ国、新しい国、いまだ産声を上げたばかりで赤子同然の。しかし其処には未来がある、彼と二人の。

革命側に走り、王家に弓引いた私は、バスティーユ後の混乱の中で追われる身になった。王妃の信任厚かった元近衛隊長、見せしめの生贄にする為の格好の標的だ。
革命側も一枚岩でない以上、私を守ろうとする人々にも危害が及ぶ。勿論、彼の身にも。私を逃がそうとした彼が背中を斬られた時、悲鳴と共に私は理解した、もう故国にはいられない。私の選択で彼を死なせることは出来ない。彼もまた、私の死など見たくはない。パリから逃れ、彼の傷が癒えるのを待って船に乗った。

夜明け近く、外海に出る船に乗り換える時、一度だけふり返った。朝靄の中に微かに見覚える海岸線。その残映は見る間に消えていく。彼の手を取って甲板に上がり、ただ一面に広がる波を見ていた。
いつも足元に暖かい大地のあった私の国、私の愛、私の信念、懐かしく愛しい人々から私は去る。これからの故国はまだ数えきれないほどの血を流すのだろうと、知っていて私は離れる。

潮風が頬にあたる、足元に大地はない。これが私の新しい国だ、この海原が。前を向こう。怖れず怯まず、風の吹く先にある新しい国に向かって。新しい大地に私達は根を下ろし、新しい命をはぐくむ。
そしていつか・・いつか。私と彼の血を引いた者が、苦しみの先に生まれ変わった故国に立てることを、私は祈る。夫と共に、未来へ祈りを--捧げる。