世界が明日終わるとしてもー21

「銃を持たない者達を撃つのか」
議場前に集まった群衆は、何故一人の兵が進撃してきた近衛連隊の前にいるのか。その兵を前にして、何故軍が足踏みしているのか判らなかった。誰もが沈黙する中、金髪の兵の声だけが高らかに響く。
「ならば、まず私を撃て。屍を踏みつけ彼らを排除するがいい。武器を持たない者を撃つ、そのような王の軍隊があると思うならば!」
近衛軍の先頭に立つ指揮官は馬上で震えていた。そして雨に打たれながら並んでいる議員達を、取り囲み固唾を飲んで見つめている群衆を見渡した。
やがて指揮官は震える手で握りしめていた剣を下げ、退却を命じた。金髪の兵に何か話しかけたようだが、周囲の人間には殆ど聞き取れなかった。

「ジャルジェ准将、礼を言う」
「ラ・ファイエット将軍、ひとまず今日は散会していただきたい。他の隊が来ないとも限りません」
「分かった、そうしよう。だが、准将」
「はい」
「彼は、近衛連隊長は何と言っていたんだ」
「・・・私の為に、謀反人になると」
「それは・・しかし君も」
「処罰は受けます。しかしまだ、やらねばならない事があります」

そう言い残して去っていった白馬の足元に、小さく血の染みが残っていたが、雨に洗い流され気づく者はいなかった。
――もう少し、もう少しだけ永らえなければ。まだせねばならぬことが残っている。

 

「・・君にそのような集会を許可した覚えはないが」
投獄された衛兵隊士を釈放させるため民衆に呼びかける。そう進言したベルナールに対して、ロベスピエールは渋面を作った。平民議員の独立から、貴族を個々に懐柔しようとする時期に、指示しない行動が起きるのは歓迎できない。
「近衛が退却したとしても、必ず他の隊が出てくる。そうなれば制御できないほど緊張が高まる、民衆に犠牲が出るぞ」
「判っています。が、私には策があります」
「それは何だ」
「・・・言えません」
「君は私を愚弄しているらしいな」
「言えないのは信義にもとるからです」
「私に対する信義はないのか」
「民衆の子である隊士達を救うことより、自身の都合を優先する人に信義など意味はありません。何と言われようと集会は行います」
ベルナールの背中にロベスピエールの罵声が飛んだが、彼はそのまま出ていった。
革命は王権を狙う貴族や権力に群がる者達の道具ではないことを、証明する為に。

 

それより先、オスカルは兵舎に戻り副官と話しているところを拘束された。獄へとつられていくオスカルの後姿を、拳を握ったまま見送った副官は、深く帽子をかぶり直し練兵場へと向かった。衛兵隊士釈放を要求し集まっている群衆を排除せよとの命令が下っていた。

「彼らは我々の子どもだ。君の隣人であり、息子の友人だったはずだ。ただ軍隊に雇われて命令され、君達に銃を向けることを拒否したため銃殺されようとしている。そんなことが許されていいのか」
賛同の声があちこちであがる。群衆は広場だけでなくその一帯まで膨れ上がっていた。
「ダグー大佐、これは・・アラン達を助けるための集会では」
「言ったとおり、発砲や威嚇は厳禁だ。群衆の周りを囲むだけでいい。私はこれ以上の制御は多数の犠牲を出すため排除不能と進言してくる。くれぐれも刺激するな」
「わかりました、大佐。頼みます」
大佐は鐙を蹴って馬を走らせ、オスカルが遺言のように言い残した言葉を反芻していた。

『ベルナール・シャトレという革命家に、隊士釈放の集会を働きかけてくれるよう話した』
『私は反逆と逃亡により処罰される、だからあなたにしか頼めない。アラン達を、部下を救ってくれ』
言葉のないまま頷いた大佐を見て、オスカルの表情が和らいだ。この人は、今から自分が処罰されるというのに・・。
馬に更に鞭をあて、ヴェルサイユへ急ぐ。己の肩に部下の十二人、数千人に膨らんだ群衆の命がかかっていることを知っていたから。

 

オスカルは頭上の小さな窓を見上げていた。雨はもう止んだらしい。窓から白い一条の光が差し込んでいる。

ーーアンドレ

投獄された隊士達、ベルナールに依頼した集会の行方は頭の中を占めている。しかしふと月光を見上げる時、思い浮かぶのはただひとつの名前だった。
ーーもし、魂ひとつになったら、お前の元へ行けるだろうか。そうして、一言、一言だけ伝えられたら。それだけでいい。そのまま風に消えてしまっても・・・。

 

「群衆は数千に膨れ上がりました。もうこれ以上の警護も、排除も不可能です。雪崩を打ってヴェルサイユまで押し寄せるかもしれません」
衛兵隊からだけでなく、次々に報告が飛び込んでくる。集まった貴族は今にも群衆の叫び声が聞こえるような恐怖を感じていた。
「陛下、ここは一旦引いて、民衆の不満を逸らすべきでは」
「・・・う・・む」
「なりません!陛下」
声を荒げた男は椅子を蹴立てるように立ち上がった。
「今引いては民衆は自分たちの勝利にますます力をつけるでしょう。ここで民衆を叩いておくべきです。今がその時です」
「ジャルジェ将軍、しかし・・」
「将軍、貴殿は忠誠を証明するために、強硬な主張をされているのでは」
「反逆者のことなど関係ない!私は王家と国を守るために進言している」
「・・将軍」
睨み合う男達の間に、厳かだが軽やかな声が響いた。

 

 

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