絹の軛

時に、薄絹の一枚が女にとっての枷となる。

 

「・・眠ったのか」
蝋燭が消えた部屋の中は、覚束ない月明かりだけだ。それを頼りに、彼女の額の髪を払う。

過酷な軍務の間隙を縫うように、身体を重ねる。その慌ただしささえ、互いを燃えたたせた。コルセットの紐を解き、払い落とす時間すらもどかしい。硬い拘束から解き放たれた胸の間を落ちる汗を唇で吸い取ろうと、絹の飾りを忙しなく引き下ろす。寝台に倒れ込む時は、もう互いの熱でシーツの冷たささえ感じない。そうして嵐の時は過ぎ、力の抜けた身体をそのままに微睡む短い時間、先に目覚めるのは殆ど彼だった。
生あるもの全てが眠りについている夜と朝のあわいに、眠る恋人を見つめる時。けだるさと愛しさの中に、寂しさがあった。こうしている間も朝は近づく、離れなければいけない時間がやってくる。

彼は目を上げて、室内の暗がりに点々と落ちている、彼女の残骸を見とめた。うち捨てられたコルセット、白絹のシャツ、金糸刺繍の靴。
ふと、寝台の上掛けの隅にあった絹靴下に気づく。性急に愛撫を交わす間、彼女は靴下の精巧な裁断によって、脚が自由に動かせないことに苛立った。薄絹はシーツの上で容易に滑り、跳ねる身体を支えることが出来ない。
―――取り払ってくれ!私を縛るものを全部!!
唇を合わせながら、互いの髪を指に絡ませながら、払い落としていく様々な枷。抱き合っている間だけでも、何もかもから逃れたい。二人の恋が決して夜の暗闇から外へは出て行かないことも、燃えさかる国の炎の中に巻き込まれていくことも、全て。

彼は絹靴下を手に取った。体温の残る骸は、何より彼を幻惑させた。祝福される恋ではない。明日への希望も僅かしかない。朝になればまた、背が折れそうなほど重い荷を背負って、再び立たなくてはならない。それでも・・それでも。

彼女という存在自体に、引き寄せられ惑わされ魅了される。誘惑など知らない女に、孤高に咲く薔薇に、捕らえられ離れられない。
「枷を外して・・お前は何処へ行く?」
白く浮かび上がる彼女の背中にそっと手を這わせる。眠りの深い彼女の、それでも束の間の安らぎを乱さないよう、肩を抱いて彼も横たわる。

彼女が決意すれば、貴族であること世継ぎであること、そして軍人であることの枷など解き放って、力強く飛び立つだろう。何処までも高く飛び、太陽に落ちるまで。そして一緒に落ちていく、それが彼女に魅了された男の義務だ。その覚悟が無ければ愛せなどしない。

彼は髪を撫でながら、もう一度束の間の眠りに入ろうとした。夜が白む前にはきっと目覚める。そして幾度目かの朝に、彼女が背に曙光を浴びながら言う。

――――私達には、もう何の枷も軛もない。さあ、行こう。

 

もう絹靴下は要らない、彼女は素足のまま白馬に乗って天を駆ける。彼と一緒に。

 

END