世界の果てで月は輝く

 

「月は嫌いだ・・」
「何故」
「人を狂わせ、魂を連れていく」
「お伽話だろう」

覚えているか?このノルマンディーの別荘だ。あれは冬の夜だった。冴え冴えとして、恐ろしいほどに美しい望月。夜の海に浮かんでいる。

私は近衛連隊長への昇進が決まっていた。己の前にある道は広く何処までも続いているように思えた。その前の束の間の休暇で、見るものとてない冬の海辺の別荘に行こうと思い立ったのは、何故だったか。バルコンに出て、月を見上げた。白い影が海面に浮かび発光している。遠くの浜には小さな家の灯りが見える。その時、私は気づいたんだ。もう、これ以上・・。

私の奇妙な人生、もがきながら必死に手を伸ばして、今此処にいる。軍人として能う限りの栄光を手にした。そして、もうこれ以上---幸せになれない。

あの美しい月の下で、ひとり立ち尽くし私は知った。呆然としていた、泣いたかもしれない。月光の下、世界が白と黒に染められた、あの夜。

 

あの日から、月が嫌いだ。栄光と絶望の行きつく果てを知って、それでもなお・・あの夜がこの上なく、美しかったから。

「今は、幸福ではない?」
「そうだな・・」
彼女は月光を背にした恋人を見上げた。窓辺に横たわる彼女の髪を愛おしげに撫でている。

「哀しみと絶望を含む幸福もあると、今の私なら知っている。だから・・」
恋人の長い黒い前髪をかきあげ、耳元にそっと囁く。左眼の上の白い傷痕にキスをする。

抱き合いながら、ふと彼の肩越しの望月を見た。あの夜と同じ、青く輝く。何万年前も、数百年後も、ふたりが塵になったあとも、きっと同じ色で--輝き続ける。