「お前がこんなことも出来るとは知らなかったな」
「アンヌに泣きつかれた」
「なんて」
「せっかくお前が休暇で屋敷にいるというのに、自分が寝込んでいて申し訳ないとね」
「私は一向に構わんが」
「最古参の侍女としては、お嬢様の指先が荒れ放題なのが耐えられないらしい。かといって、手元の覚束ない若い侍女に頼めない。で」
「お前が?」
「そう」
「習ったのか」
「まさか。何度か見ている俺なら出来るはずだって、道具一式押し付けられた」
「それにしては慣れている感じだ」
「そうかな」
「昔から何でも器用だから、お前は」
「見よう見真似でも何とかなるものか・・な。左手をどうぞ」
「手は大きいのに、指先が」
「力を抜いて」
「アンヌより上手いかもしれない」
「おだててもこれ以上はできないさ。それに元の爪の形がいいから楽だ」
「そうなのか」
「朝の海辺の桜貝のようだ」
「見つけたことがある?」
「一度だけ・・アラスで。見つけたけれど拾えなかった、触れれば壊れそうで」
「私の指先は貝じゃない」
「同じだよ・・触れられない」
「今、お前が触れているよ」
「小さくて、薄くて・・儚げな」
「私が?」
「そう、お前が・・さあ、できた」
「・・ありがとう」

爪は整えられ、磨き上げられ、彼の言うとおり波打ち際の貝のようだ。そしていつもより・・仄かに赤い。それが何故なのか彼女には判らなかった。出来上がった爪先をつと、撫でた彼の想いも・・。