錠 あるいは閂 ー前編

 

「君にこれをあげよう」
「私に、ですか?」
少なからず驚く。国王が自分で作った錠前を臣下に与える事はついぞなかった。
「形見代わりだと思ってくれ。あの子が・・死の間際、君の名前を出したとき笑ったんだ。きっと元気になってベルサイユに帰れる。そのときはジャルジェ准将に先導してもらおう。そう言うと、ぱっと目が輝いて微笑んだよ」
――ああ、白馬に乗った人。光に映えて金髪が・・

まだ七歳。あまりに幼すぎる死。
「息子の父からのせめてものお礼だ。受け取っておくれ」
「ありがたく頂戴いたします」
「それが私の最後の作品になる。もう錠前は作らない」
「何故ですか」
「私は人に錠前をあげた事は無い。妻にも、いや、むしろ妻だからこそ渡せなかった」
その理由はわかる。わかるからこそ、何も答えなかった。

「私は夫として父として何度も過ちを犯してきた。だが、国父としてこの危機の時代に誤るわけにはいかない。私はこれからの人生、すべてを君主として捧げる。夫や父ではなく、国の父として」
背中を向け屈んでいた王は立ち上がり、重いハンマーで残された錠前を叩き潰した。鉄はへしゃげ、欠片が工房の壁に飛ぶ。
「私の心は国のものだ!だから秘密を封じ込める錠前はもういらない。私の心に秘密は・・ない」

――――君の心に秘密があるならば、それで守ってくれ。
そう言って去っていく王の背中は寂しかった。

 

―――錠ひとつで守れる秘密ならばよかったのに。
宮殿を去ろうとして、振り返った。息子を失った母は、鍵のかかる抽斗から取り出した手紙を焼いていた。私の罪もこうやって焼き滅ぼせればいいのだけれど、そう言いながら。

王たる夫が、妻に錠を与えなかった理由。妻が手紙を焼き払った理由。それは秘密のため、秘めなければならない罪のため。しかし鍵をかければ、そこに秘密があると知られてしまう。愛も裏切りも、どれほど堅固な錠前でも硬い閂でも完全に秘めることはできない。誰かが知り、誰かが傷つき、あるいは・・死んでしまう。
―――では、私の秘密は、裏切りは、これで秘めておくことができるだろうか。

館に戻り、重い軍服を脱ぐ。この重量はそのまま国の重さなのだと思う。国に仕える将校としての責任。私はそれを裏切ろうとしている。全てを国に捧げようとしている王を、敬愛する美しい王妃を、裏切る。そして。

聞き慣れた足音とノックの音で、彼が入ってくる。この愛しい恋人との愛を認めない王権を。

 

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