キスの日 夜

ノックをしたが、返答はなく扉は開いている。ワインを持ってくるようにと、命じた当の主人は長椅子で眠っていた。風邪をひくぞ、と念のため声をかけてみる。しかし目覚める気配はない。背を丸めて少し楽しそうな表情で。これはもう起きない。

抱え上げて寝台に運ぶ。眠る彼女に不埒な気が起きないではないが、これも役目と静かに横たえる。楽しそうな夢の邪魔をするのは、さすがに無粋と言うものだ。

そんな逡巡を知るはずもなく、眠ったまま微笑んでいる。なんとなく少し腹が立つ。頬を指先で突いてみるがもちろん起きない。ならば?

そのままだとキスするぞ、耳元で小声で囁く。起きない、そうだよな。そのままほんの少し顔をずらして。正面に、唇が触れそうになるまで。寝息がかかって唇が湿る。吐息で起こしてしまいそうで、息を止める。

 

あと、ほんの少し。羽先ほどに近づけば。この、赤い唇に・・・・。

 

 

翌朝、ぐっすり眠ったらしい彼女は機嫌が良い。朝から付き合わされる剣の稽古も連勝だ。いつものことだけど。俺は負け続け、息を切らして草の上に寝転んだ。もうバテたのかと言わんばかりに、彼女が顔を覗き込む。微笑んだその唇。はねのけるように飛び起きて、もう一戦挑んだ。勝てはしないけど、それでもいい。

できればもう、微笑みながら眠ったりしないでくれれば。負けて刺し殺されたっていいんだけどな。