六月の雨ー前編

「どうして、こんな風になっちまったんだろうな」
何が?とアンドレは問わない。歩哨として並んで立ち前を向いているお互いの顔は見えないが、言葉の意味はわかる。
「俺たちがここにいる事に気づいてくれ、俺たちには意志がある。そう言いたかっただけだったはずなんだ」
「オスカルは」
「わかってるさ、隊長は俺たちが人間である事を尊重してくれる。でも足りないんだ。今までずっと声を殺されてきた何万の民衆には届かない」
アランは空を見上げた。頭上には重く灰色の雲と、たきつける雨。青空も太陽も見えない。
「アンドレ、お前はずっと貴族のそばにいたからわかるだろう。ただ生まれた場所が違うだけで、お前はここじゃないと言われる」
「・・・見てきたように言うんだな」
「前の隊長がそんな奴だったのさ。貴族だと言うだけで、百万回分の免罪符を持ってると信じてやがった」
「だから顎を砕かれる羽目になったのか」
「そのとおり、免罪符を持ってしても崩れた顎は治らなかったらしい。おかしなもんだ」
雨は降りつのる。アンドレも空の遠くを伺った。
「そうだな」
生まれついた場所が違い、受け継いだ血筋が違い、ただそれだけで尊厳を踏み躙られる者と、尊大な振る舞いを許される者に分けられる。
「本当に・・おかしな話だ」
おりしも、彼らが立っている議会場へ僧侶と貴族階級の議員たちが向かってくるところだった。雨に煙っていても、彼らが着ている絹の煌びやかさは目についた。
「なあ・・」
問いかけるアランは珍しく口籠る。
「何だ?」
「お前は、怒らないのか」
「・・・」
「怒りは・・無いのかよ」
議員たちが近づいてくる。その足音さえ平民のそれとは違う。雨のぬかるみの中ですら、軽やかな絹の靴音。
「怒り・・・・だと」
ーーーあるに決まっている!今、この瞬間さえ煮えたぎっている。生まれた場所が血が違うだけで、愛することすら許されない。身体の中に流れる血、意志、愛、その全てが貴族では無いと言うだけで、顧みる価値のない無いものとされる。何故だ、何故そうまで阻まれなければならない?どうしてこんなに・・歪んでいるんだ!

 

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