何かに追いかけられる夢を見る
「おい、起きろ。悪い酒の飲み方するんじゃない」
そう耳元で起こそうとする声が聞こえる。
「ほっといてくれ、このまま酔い潰れても誰に迷惑かけるわけじゃない」
「俺が迷惑なんだよ、潰れたお前を部屋まで上げるのは誰だと思う」
「だから・・ほっとけって・・・・このまま」
そうだ。このまま床で酔い潰れ目覚めなかったとしても誰が泣くのか。お袋も・・妹ももういない。共に死線を戦った仲間も。
「お前をこのままほっておいたら、俺がロザリーに怒られるんだよ。起きろって」
そうだな、お前には家族がいる。妻と息子。俺が持てなかった、これからも持つはずのない、家族というもの。それはこの世界に己を繋ぎ止める頸木。捨てようとして捨てきれないものがあることは、幸福なのかある意味不幸なのか。
「だからさ・・このまま、石畳の上に置いておいてくれ。あの日・・あの人が見た・・はずの」
あれは夏の昼下がりだった。深夜の、秋のこの時間ではないけれど。それでも俺はあの人になりたかった。自分の信じるものを信じて、路上で命を落としたあの人。俺は・・その後を生きている。生き続ける意味すらなく。
「アラン・・お前」
支えようとするベルナールの腕から滑り落ち、俺は望み通り石畳の上に転げ落ちた。でこぼこの石が背中に当たる。どぶの臭い、昼に降った雨の湿り気が伝わる。それでも、目の前には空が、狭い路地の合間から、降るような星が見えた。あの日。あの時も、あの人は空を見ていた。夏の、雲ひとつない青空。そして・・手を伸ばして・・・
「いい加減にしろよ、お前!!」
突然、顔に冷たい水がぶちまけられた。怒ったベルナールが覗き込んでいる。
「目を覚ませ!お前は生きてるんだ。いつまで死んだ人間の幻影を見てる」
ほとんど叫ぶようにして、ベルナールが俺の胸ぐらを掴む。そういえば、昔ものこんなことがあった。誰にも言うなと俺の胸ぐらを掴んだ男もいた。
あいつの影が目の前の男に重なる。黒髪で萌えるような目をした男。ただ。目の前の男は怒りと、そして哀惜で燃えている。
「わかった・・・ベルナール、悪かったよ」
顔の水滴を拭いながら、俺はようやく半身を起こす。
「いや、俺のほうこそ」
少し項垂れた男を見る。まだ酔いが回っているのか、ベルナールと昔のあいつが重なって見えた。わかってる、あいつは死んだ。もういない、あいつもあの人も、あいつらも。
「ロザリーと、フランソワにも心配かけちゃ悪い。ちゃんと起きるさ。だからちょっと肩を貸してくれ」
「ああ、立てるか」
肩に手をかけて立ち上がる。まだ地面がぐらついて見える。でも、立ち上がった。立って歩いて、寝床で寝る。明日も起き上がるために。
「ベルナール。今晩ばかりは、お前がいてくれて・・よかった」
「今晩だけか」
そう言ってふたりで笑った。
あいつが、あの人が死んだ理由はあった。だから、俺が生き残ったことにも理由があるんだろう。それはまだ見つからない。でも、いつか・・生きる理由が。生き延びたこととそして、死ぬに足る理由があるならば、俺は何度でも起き上がり、まだ見ぬ先へと歩き続けるだろう。
「帰ったら、ふたりしてロザリーに怒られようぜ」
「俺は巻き添えなだけだ、とばっちりだよな」
路地の先に、淡い曙光が差し道の先が明るくなっていく。一日が、未来へと始まる。
END