最高の夜と最低の夜

惚れた女の身体は最高だ

そうだろ。
酒場で酔っ払い、俺にそう聞いてきたのは、確かルイだったか。

女買っても楽しくないぜ、足を上げるだけで10スウ余分に取られる。お前が分不相応に高い女にするからだろうが。うるせいな、喧嘩別れした女に似てたんだよ。ああ、あいつが良かったなあ、戻ってきてくれないかな。無理無理、どうせ他の男にいってるよ。花でも持ってたらどうだ。こいつが花持って立ってたら、笑い飛ばされるさ。違いないや。どいつもこいつも、もうほっといてくれ。なあ、アンドレ。

「うん?」
「だから、惚れた女が一番だろ。キスしたらくすくす笑って、上目遣いで肩に腕を回してくる。好いてくれてる女じゃなきゃこうはできない。買ってもゆきずりでも味気ないもんだ。好きな女が腕の中でこう・・さ」
別れた女をいつまでも引きずってんじゃないぞ。そうそう女はいくらでもいる、市場のあの水売りの娘はどうだよ。ありゃルイより頭ひとつ背が高いぜ。こんな情けない奴はあれくらいの女が良いって、首根っこがっしり捕まえてくれる。そういうもんじゃないって言ってるだろうが、お前ら黙っててくれよ。俺はアンドレに聞いてるんだ。
「いいんじゃないか。好きな女なら好きなままでいても」
「そうだろ。なぁ・・やっぱり。なんで喧嘩しちまったんだろう」
打ちひしがれているルイを見て多少は胸が痛んだのか、皆変わらず騒ぎながらも俺達から少し離れた。
「似た女を抱いても違うんだ。似ていれば似ているほど、こいつじゃない、違うと思っちまう。こんな声じゃなかった、こんな肌じゃなかった・・俺、馬鹿だな」
「まあ、な」
「惚れた女だから良かったんだ。好きな女だから抱いててめちゃくちゃ楽しかった。他の女じゃ砂噛んでるみたいでさ」
俺はルイのグラスに酒を足した。酔いつぶれたほうがいい日もある。
「畜生、馬鹿だ・・なんで・・フローレン・・ス」
ルイは机に突っ伏した。瞼が半分閉じかかっていた。
「でも・・俺はお前が羨ましいよ」
言った言葉はルイの耳に届かなかったようだ。

惚れた女が腕の中で笑っている夜。手に入れて無くしたとしても、それは確かに最高の夜に違いない。俺には望むべくも無い。彼女を傷つけるくらいなら望まないほうがいい。願うことも欲することも、すべて捨ててしまえればいい。捨てられるものならば。

「おい、ルイ。潰れちまったのかよ。起きろ、帰るぞ」
いつの間にか横に来たアランが、ルイの肩を掴んで揺さぶっている。
「暫く寝かせておいてやれ。看板になったら俺が連れて帰る」
「お前が?」
「ああ」
「ふ・・ん。まあいいや、頼む」
アランは俺の肩を叩くと、皆を連れて出て行った。店は静かになった。風が入るからと店主が窓を閉めようとしたが、制してそのままにしてもらった。月光がぼんやりと窓の外の路地を照らしている。

 

今だけ、夜の片隅に月が出ている間だけなら、お前のことを想っていいだろうか。月が隠れれば全て捨てる、拭い去るから。だから今だけ、この最低な夜の間だけ、想うことを--赦してほしい。

 

END