かくれんぼ

そうだ、彼を探さなければ。
「オーストリア女の愛人だ!」
「追いかけろ、殴り殺してやる!」
暴徒はフェルゼンが引きつけている。フェルゼン、すまない。でも、でも今は。

広場は大混乱だった。馬車を襲った群衆は、軍隊から逃げだす者、フェルゼンを追う者で散り散りになる。悲鳴、蹄の音、叫び声。上官であるフェルゼンを守ろうと、兵達はそこここで民衆を追い立てる。

どこだ?どこにいる?
声をかぎりに叫んで探したかった。しかし混乱の中でも、誰かの注意を引くかもしれない。私の浅慮が招いた事態。それが彼を・・彼を、死なせる・・死なせたのかも。
その考えに心臓が跳ねた。血が上って頭がふらつく。殴打された身体中が痛い。この痛みが全身の骨を砕いてもいいから、無事でいてくれ。お前が・・お前を見つけるまで。

――――いつも、見つけられるのは私だった。
気まぐれに隠れた庭の隅で、喧嘩をしひとり馬を飛ばした森の中で、いつも彼が見つける側だった。どうして彼が、彼だけが、私に追いつき見つけられるのだろうと。
今はわかる、いつも彼が私を見ていたからだ。ずっと遠くから、ずっとそばで、私を見つめて追っていた。

でも今は、私が見つけなければ、彼が私を見つめた長い時間と同じ重さで。逃げ惑う数百人の人々の中から、あの黒髪を、広い背中を、長い指を、暖かい掌、時々深い緑になる瞳、微笑むときの唇の影、そして深く優しい声・・あの声でもう一度名前を呼んで。私の名前を・・私の・・アン

「アンドレッ!」
見つけた。石畳に横たわる軍服の影。駆け寄ろうとするのに逃げ惑う人に阻まれる。どいてくれ、早く、早く彼の元に辿り着かなくては、今にも、いや、もしかしたらもう。大丈夫だきっと、あの時も・・。

『降りておいでよ、謝るから』
『・・・』
『もしかして、降りられない?』
『そんなはずないだろっ』
『いくら身が軽いからってそんな高くに・・ほら、枝が揺れてる』
『自分で降りられる・・って、うわっ』
『オスカルッ!』
あの時、私を受け止めた彼はしばらく目覚めなかった。必死に彼の名前を呼んで、ようやく薄目を開けた彼は少し微笑んだ。大丈夫だった?ってどうしてお前が言うんだよと、私が怒った。

彼はきっとあの時のように、目を開けて少し困ったように微笑んでくれる。今度は怒ったりしない、心細くて怖くて泣きたかった幼い私ではないはずだ。
「アンドレ目を開けて、返事をしろっ」
駆け寄って握った手はまだ暖かい、冷たくはない。
「アンドレ・・アンドレ、目を」
お前を傷つけることが、失うことが、お前がもう微笑まないことが、身体が粉々になる程恐ろしいと震えた、私は今も変わらない。あの頃からずっと、変わらずに。
「アンドレ、頼む。アンドレ・・・私・・の」
口元がわずかに開いて、彼がうめいた。まだ目は開けない、でも・・生きている。
「立てるか?馬車を拾うから、なんとか歩け」
彼が薄目を開ける。そしてまた、ふっと小さく微笑む。その表情に、胸に何かが迫り上がってくる。

ふらつきながらようやく立ち上がる彼の、身体の重みが肩にかかる。この重さも、体温も、頬にかかる荒い息も、なにひとつ失わせなどしない。生きるのだ、私も彼も、この動乱の中、荒れ狂う嵐の最中でも、戦い生きる。ともに手を取りあって

――――――私の アンドレ

 

 




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