夜の呟き ame

 

雨が降っている。

眠っている彼の腕の中から、そっと抜け出し、バルコンの扉を開ける。風に煽られた雨粒が、薄い夜着の肩を濡らす。

手を伸ばし、眼を閉じ、裸の腕と顔に当たる雨を感じている。腕を伝って肘から落ちる水滴。瞼に刺さるような水の強さ。

もう一歩、前へ出る。全身が雨の中に入っていく。夜着はしだいに濡れそぼり、膚に張り付く。

雨が強くなる。渦を巻く風に流され、雨粒は全身を叩く。薄絹はもう膚の一部のように張りついて、私は裸体で雨の下にいるのと同じになる。

額、頬、唇、肩、胸、鎖骨、肘、手首、指、掌、背中、腰、膝、踝、踵。全身が雨に打たれ、弾ける水滴が感じられた。決して、眼を開けないまま。

膚を刺す雨、流れる水。それらが私を形作る。己の眼で直接見ることの出来ない顔や背中まで、その形がわかる。

冷やされていく膚が総毛立ち、血管が収縮する。雨と膚と血流とが、私が私であることを知らしめる。

そうだ、この感覚を刻み込め。私の背中の形、脹脛の高さ、眼で見なくとも覚えておくのだ。彼が作り出した、この形を。

この肉体はもうすぐ消える。目は閉じられ、土に沈み込み、地中に溶けていく。私がこの形であったことを覚えている者はいなくなる。

だからせめて、この雨の夜の間だけ、私は私を留めよう。この夜に私が生きていたことを、彼と共にいたことを。

雨に立ちすくむ私の背後から暖かな腕が伸び、包まれてしまった。彼が見えていない眼で慈しむように私を見る。

恋人よ、私はお前が見ている世界を知りたかった。盲目のお前の世界。眼で見ることができないなら、雨で身体を感じ、その形を知りたかった。今はお前と雨に包まれ、ふたりの形がわかる。刻まれる。

雨がやむまで、月の光が雲間から差し込むまで、こうしていよう。雨で刻まれた私たちの身体の形が、夜のバルコンに残るだろう。

ふたりの肉体が消えても、雨上がりの月夜に、私達の身体の幻影だけが、のこる