母の娘

私は娘を愛している。

皆、愛しい娘達だった。ひとり目が生まれた時、夫の顔に一抹の失望がよぎったが、喜びと労りが優っていた。私の頬にキスをし、泣いている娘の頭を撫でた。

「旦那様に似ておられますよ」
二人目の時ばあやが声をかけ、夫は次女の顔をしげしげと見ていた。

三女は産声も弱々しかった。産後の疲労が激しく、殆ど目も開けられなかった私を夫は心配げに見つめていたと聞いた。

武門貴族の将校として、夫は多忙だった。そう仕向けていたのかも知れない。外にいれば、家内のことに目をやらずに済む。

成長する子どもは愛らしい。目を開け、歩き出し、笑って駆け寄ってくる。ただ愛だけを望み、受けながら育っていく。それを夫と分かち合えたらいいのに。

次に身籠った時は、伏せっていることが多くなった。夫は帰ると私の部屋を訪れ、手を取ってキスをした。私は微笑み返すことができなかった。次は・・次の子どもは。

「愛らしいお姫様でございますよ」四人目。
「元気な女の子でいらっしゃいます」五人目。

夫は優しかった。身籠る毎に弱る私を、今度こそ失うのではないかと恐れていた。その横顔から失望の影が消えることはなくとも。

愛しい娘達が部屋にいる。長女は下の二人に絵本を読んでやっている。ひとりは鞠を追いかけている。一番小さな娘は眠っていた。美しく愛しい者たち。限りなく愛している子どもたち。あなた達がいれば十分なはずなのに。

やがて私は身体の変調に気づく。顔色は蝋より白くなり、枕から顔を上げるのも苦しかった。医者は難しい顔で夫と話している。駄目、それだけは絶対に駄目!

私は懇願した。命にかえてもいい。だからどうか、最後の子どもを抱かせてちょうだい。貴方の子を、貴方の・・・息子を。

クリスマスが近づき、空は曇天が続いた。聖夜の前日、雪は風と共に降りしきり、木々はしなって窓は揺れた。私は聖書を取り落とし、床に倒れた。

痛みは何時間も夜まで続き、その間ずっと風と雪が窓を叩いていた。ああ、白くなる・・世界が・・私も・・・この雪に消えてしまうのだ。そう一瞬、思考が明晰になり、次の瞬間爆発した。高い、高い声が。

黒い窓が白い光で満たされて、夜が明けたことを知った。生まれたばかりの子どもの力強い声。今までの娘の誰とも違う。聖なる光を裂くほどに強く響く声。そうだ、きっと。

生まれたばかりでもう目を開けている、強い声で誕生したことを叫んでいる。この子こそ、私と夫の願いを継ぐ者。私の最後の希望。私の存在の証をたてる者。貴方こそが。

私の

最後の

 

娘だった。

 

六人目の娘を生んで、私は死んだ。全ての希望が絶たれ、どうして呼吸しているのかわからない。心臓が絶望で張り裂けていないことも。どうして。

どうして?
息子ではなかったの?あれほど望んだのに、祈ったのに。息子を世継ぎを生まなければならなかったのに。誰よりも夫より、私自身が望んでいた。息子を得ることを。

息子を得れば、私は初めて許されたはずなのだ。

他の女性に生ませることなど、考えもしなかった夫と。弱る私を誰より労り、もう子どもはいいと、お前だけが大切だと泣いた、夫の愛に応え、夫と手を取り合える日がくるはずだった。

高らかに泣く子ども。お前は悲しいの?それとも生まれいでたことを喜んでいるの?お前に絶望している女を前にして。

夫は初めて生まれたばかりの娘を抱きあげた。
「お前はオスカル!私の名を継ぐ者。私の世継ぎだ」
その声は産声よりも強かった。掲げた夫の腕は震えていた。外の白い嵐はまだやまない。

雪は降り積もり、傍の娘は眠っている。金色の巻き毛、真珠貝の耳、赤い唇。美しい子どもだった。私はそっとその頬を撫で、泣いた。

美しい子、母の絶望から生まれた強い子。お前は生きるでしょう、誰よりも激しく、誰よりも鮮やかに燃えて。

一度死んだ私だからわかる。死者となった女は予言する。

私はこの美しく強い生きものを慈しむだろう。惜しみなく愛情を注ぎ、毎日健やかに成長することを祈るだろう。

やがて成長した娘は、力強い羽根を羽ばたかせ、飛び立っていく。地上に残る母も、古い世界も振り返らずに。

どうかその時まで。私の罪深い生涯が続き、貴方が飛び立つのを目にできるよう、私は祈る。

その日、白い羽が光を反射して私の棘を溶かす。私の長く重い罪が赦される。

 

愛する娘、限りなく愛しい私の・・・オスカル。