巨いなる人 ー後編

「強くあれ!」
父に言われた言葉をそのまま彼にかける。ここに来るまで剣を持ったこともない彼は、対等な相手ではなかった。ならば、私が彼を強くしなければならない。剣の持ち方、振るい方、体重のかけ方、動き。彼は泣きそうな表情で、傷をつけながら私の剣を受けていた。技術は遅々としながらも向上していく。だが、何かが違う。その”何か”がわからず、私は苛立った。

私は父に訴えようと思った。彼は違う。彼では強くなれない。部屋から出ようとして、手にした二振りの剣を見た。巨人の剣とはほど遠いが、確かにそこに繋がる物のはずだ。これを与えられた意味。私は踵を返し、また彼を呼んだ。

私は教師に教わり、それを彼に教える。剣の突き方、国の歴史、敵の身体の弱点。彼は自身の仕事の合間を縫って、水を吸うように学んでいった。剣の腕は私に及ばなかったが、体格も近く剣を交わすことを決して断らなかった彼は、確かに良き相手だった。私と、そして彼に特別に与えられた馬を駆って競走した。

ある時、気づくと彼の方が背が高かった。剣を握る手も、節が強く硬い。その日も打ち合っていて、彼が振り下ろした剣がうなりをあげ、私の剣を叩き落とした。私は痺れる手を抱えて呆然とした。巨人は私ではなかったのか?

落胆し混乱した私は夜、父の書斎に呼ばれた。気づいてしまった彼我の力の差。きっと今から宣告されるのだ。私では父の力は持てない、巨人には・・なれない。

だが父からかけられた言葉は全く違うものだった。
「オーストリアの皇女が輿入れなさる。お前はその方をお守りするのだ」
私はさらに混乱した。力だけなら彼の方が強い。あれは剣の技術ではなく、ただ力の差だった。私は皇女をお守りすることなど。
「できません。私では父上のように・・なれません」
真っ直ぐ前を向き、拳を折れるほど握りしめた。決して声を振るわせず、泣くこともしない。私の精一杯の誇りだ。

「・・守るとはただ力のみではない。命を賭し身を投げうってでも国をを守る。その信念だ」
黒いマホガニーの机の向こうで父が立ち上がった。その巨躯は十分に私を圧倒する。
「お前には信念があるか」
「あります!!」
殆ど叫ぶように私は返答した。もっと幼い時、この巨人を見上げ、学んできたこと。それが私の力になっている。守るために強くなった。もっと強くなれる。たとえ巨人でなくとも。
「では、証明してみせろ」

 

証明するのに長い時間がかかった。子どもが大人になるまでの、長い長い時間。父と私は国を守るという信念は同じだった。これほどに隔たってしまっても、幼い時見上げた巨人から学び受け継いだものは消えない。

二度とは帰らない扉を出ていく。背中を押すものは信念、共にあるのは守り守られた彼。私はこれから再び大いなるものに立ち向かう。巨人よりなお、大きなものに。

「アンドレ、用意はいいか。行くぞ」

 

 

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