その日

何時からだっただろう。何処からきたのか。

 

「私は望まれ男として育った。より男として生きてもなんの不思議もない。それが定められた道なのだから」
ならば今、俺がいるこの道も望んで定められたものなのか。
「だから、もうお前の力を借りる訳にはいかない。お前の・・自由にしてくれ」
自由?どういう意味だ。解き放たれてもいないのに。

「・・何のために」
「なに」
「男として生きる、ひとりで。それに意味はあるのか」
「ならば何故、私は男として生きてきた?生半可な日々ではなかった。剣を振る力すら弱かった。侮蔑も嘲笑も浴びた。それでも生きた、そうやって生きるしかなかったから」
「・・・」
「お前も、お前が!誰よりも知っているだろう。そのお前が言うのか」
彼女の青い眼が怒りに燃えている。なにより愛しい、その。
「私が生まれた瞬間、かけられた呪いだ。決して解けない」

これも呪いなのか。決して解けず自由にもなれず、ただ足掻くだけ。縛られてどこへも行けない。
「お前が、なぜそれを・・・言う?!」
鋭い音と共に、頬に痛みが走る。彼女の全身から火花のように怒りがたちのぼる。無慈悲で不条理な定めに対する怒り。女として生きていれば、味わうことのなかったさまざまな苦痛を。女として・・女であったならば。
「それでも・・お前は、女だ」
「女として生きることなど、一度も望まれたことはなかったのに!」
「ならお前の望みは?」
「私?」
「そうだ、お前自身の、お前が選びたい望んだ道は」
「私・・・の」
「誤魔化しても、逃げようとしても、お前はお前のままだ。明日、別の人間になっている訳じゃない。お前はいつだって女だった、俺は」
「そんなもの要らない!女である私など必要ない。私が望むことは、今この時から男としての道を進むことだ。それが呪いであるならば、全身で浴びてやる。私の中の女を、切り刻んで燃やし尽くす。何もかも全部・・・消えてしまえ・・ば」
「・・オスカル」
「離せ、触れるな!女としての私は消えるんだ」

それは歪んでいる。お前にかけられた呪が、歪ませている。その呪いごと愛しているのに。どうして。
「人を呼ぶぞ、離せっ・・」
何時から何処から来たかわからない、知らぬ間に育っていた想い。呪いごと愛して、呪いをかけられた。振り切ろうと足掻き、断ち切ろうともがいても解けない。自由など、人の心にすら無い。
知る前なら、出会う前なら離れられたかもしれない。でも、もう無理だ。愛を捨てるのも、お前から逃げるのも、今、この手を止めるのも。

どうして、呪いを解くほどの力が無い。どうして想いに耐えることができなかった、どうして_______全てを光で包むことができなかったのだろう。
「・・・アンドレ!!」
潰れた左眼から影が溢れ出る。夜の底に、決して光を通さない、真の闇が訪れる。夜は深く、長い。

 

俺には決して、夜明けは訪れない。

 

END