砂の影

 

月と空と砂

 

「アンドレ・・」
「疲れたのか」
「・・・いや」
「少し休もう」
彼が荷を鞍からおろし、私に暖かなショールをかける。足元の砂は硬いが、腰掛けるとひんやりとした。
「昼は、あれほど暑いのに」
「そうだな」
私はショールを広げ、寄り添って座る彼の肩にもかける。
「お前も寒いだろう」
「いや、お前の熱で暖かいよ」
肩にもたれかかると、耳に心臓の音が伝わる。規則正しく強い、決して失いたくないその鼓動。
「あ・・」
彼の声にふと顔をあげて、空を見た。満天の星。眩い川は暗闇の果てまで続き、ここが天空なのか地上なのかわからなくなるほど、天地の境がない。
「美しいな・・このような場所があることなど、知らなかった」
故国にいれば、あのまま留まっていたら。お前と振る星を見上げることなどなかったのだろう。その想いに知らぬまに流れた涙を彼が指ですくった。
「悲しいのか」
「いや、幸福なんだ」
今ここには真実、私たちふたりだけしかいない。崩れる国も身分の違いも存在していない。全てを捨て、世界の最果てにいてもお前と居られるなら。
「このまま眠ろう。明日には次のオアシスに着く」
「お前の道案内なら違わないな。いつでもお前は空と風を読むのがうまかった。いつも・・お前・・・の」
「・・おやすみ、オスカル」
重くなる瞼のその隅で、肩に回された彼の手と、天空の川を照らす月が見えた。

月光が私たちの影を砂丘に刻む。それは明日には風と砂で消しさられ、何処かへ飛んでゆく。

 

私たちの愛、私たちの足跡、私たちの命が消えても、この沙漠と月は、消えない。

 

END

 

月の沙漠(井上陽水)