稜線

 

眠る前にふと お前の肩の線を思い出す
首の下まで伸びた黒髪のその先から
なだらかに肩先までおちるその放物線

体温に包まれて その線から天井を見上げる時
私の知らなかった地平が見える

そこにはお前の温度があり匂いがある
鼓動があり 頬が湿る息がある
私は知らなかった

熱も鼓動も かけがえのない大切なものであること
体温に包まれることが幸福であること

揺れる黒髪から覗く耳も
苦しげに眉を寄せたその目元も
体温と引き換えに私が与えていることが喜び

私は放物線を指で辿り
硬い肩の骨に触れる
そこに歯を立てる
あがるお前の声 熱 息

見上げる天上は暗い
私たちはそこへ辿り着けない
それでも

お前を抱いて
私を抱きしめて
その時だけ
暗い山の稜線に

私は永遠を見る

 

 

証明-彼女

ならば証明してみせる
私がどれだけお前を愛しているか

髪を全て切り落としお前のジレの刺繍にしよう
爪を剥いで砕き髪粉にしよう
痛みに零れる涙でお前のシャツを晒そう 
流れる血はワインの代わりにグラスに受け喉を潤す 

そして眼を

くり抜いて

お前の左眼に移そう
右は黒く左は青いお前の瞳
その網膜にひとりの女の残骸が映る

金の髪も青い瞳も失って

ただ
赤い唇だけが
お前への愛を歌う

それが私の証明

 

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夜の呟き 水の中

こんな風に 人を愛するとは思いもしなかった

彼女が言う

そうだね まるで水の中に引き込まれるように
水面に手を伸ばすように 愛するとは思いもしなかった

でもより深く引き込まれ
とっくに息もできなくなっているのは俺

それでも お前の前では息をしているふりをする
俺の方が深いから 息をするふりをするのが上手くなったんだ

少しずるいけど 許してくれるだろ
多分俺のほうが少し 深く愛しているから

 

 

黒水晶

 

彼の眼を見る

瞳は黒く深い
その周囲は白い雪
いや真珠だ

黒い夜の海に沈む珠
月の光を受けて光る水面
海が彼の眼の中にある

ただそれは欠けている
決して満ちることのない月のように
私が夜を半分消してしまった

お前の潰れた眼の中に
半分の夜が眠っている

私は白く濁った眼球を抉りだし
真珠と黒水晶で作ったまがい物を嵌め込む
欠けた夜が蘇る

その夜に私はいない
掌の中のぬるい左眼の中に入ってしまった

恋人よ
悲しまないで
お前の夜は欠けることなく
広がっていくのだから

お前の支配する
黒い世界が

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