月の道

満月が夜の海を照らすと、此処ではない世界へ通じる道ができる。

 

 

「御伽話だ、昔の」
「どこで聞いたんだ?」
「さあ、どこだったのかな。まだこの館に来る前。故郷の・・村の」
「母上から?」
「そうかもしれない。母も俺も、海など見たことはなかったのに。寝物語に語る声を聴きながら考えていた。夜の海に輝く道・・・どこへ行くのだろうと」
「・・っアンドレ!」
「どうした?」
「いや・・今、一瞬」
「どうしてそんな悲しい顔をする。俺はここにいるだろう」
「アンドレ、お前はどこへも行ったりしないな」
「・・・そばにいるよ」
「本当に?」
「何処にも行ったりしない」
「約束して」

その後、お前は答えなかった。私を抱き寄せ、静かに髪を撫でていた。ひとつ残った瞳が、遠くを見つめていた。
どうして私が腕の中にいるのに、どうしてお前は黙って遠くを見て、このかけがえのない心臓の音がこれほど強いのに、どうして

 

どうして?

 

 

 

私を遺して逝ってしまうことを知っていたんだろう。

 

 

 

見たこともない景色、凪いだ暗い海面に揺れる月の光。お前はその道の先へと逝ってしまう。
私もいきたい、私も其処へ行きたい、連れていって。遺されたくはない、置いていかれるのは嫌。

だから行く、もうすぐだ。今空は青い、月の道は見えない。でも私は知っている、道の先にお前がいるから怖くはないよ。光が翳っていく、闇が訪れる、その向こうに望月が見える、お前の、微笑んだ・・その横顔。もうすぐだ・・・もうすぐ。

黒水晶

 

彼の眼を見る

瞳は黒く深い
その周囲は白い雪
いや真珠だ

黒い夜の海に沈む珠
月の光を受けて光る水面
海が彼の眼の中にある

ただそれは欠けている
決して満ちることのない月のように
私が夜を半分消してしまった

お前の潰れた眼の中に
半分の夜が眠っている

私は白く濁った眼球を抉りだし
真珠と黒水晶で作ったまがい物を嵌め込む
欠けた夜が蘇る

その夜に私はいない
掌の中のぬるい左眼の中に入ってしまった

恋人よ
悲しまないで
お前の夜は欠けることなく
広がっていくのだから

お前の支配する
黒い世界が

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